2022.09.28

青山学院・原監督が語る『必勝ルーティーン』。365日、変わらない毎日が結果に繋がる

image2 2022年1月に行なわれた第98回箱根駅伝を制覇し、連覇へ向け調整を続ける青山学院大学駅伝部。チームを率いる原監督は、毎年11月に実施される会見で『〇〇大作戦』と銘打った、各大会ごとのテーマを発表することが恒例となっています。果たして、今年度はどのようなチームを作り上げるのか注目が集まります。

そんな原監督に今回は、ライズTOKYO公式noteで連載中の企画《決戦前夜〜眠れない夜の裏話〜》、《準備が8割。勝利のためのルーティーン》のテーマに沿ったインタビューを実施。現役時代から変わらない陸上との向き合い方や、青学駅伝部の歴史を動かした忘れられない瞬間、連覇のかかる99回大会への意気込みを伺いました。

 

特別なことはしない。「毎日の積み重ね」がルーティーン

ーまずはルーティーンについて伺います。試合の前日はどういったスケジュールで過ごしていらっしゃいますか?

原晋監督(以下、原):特別なことはしないね…。

 

ー特別なことをしないのもルーティーンですよね。

原:直前にバタバタしても仕方ないからね。試合の日は(特別なことは)何もしないのがルーティーンかな。根本的な考え方として、試合で結果を残すためには、練習や休養などを適切なタイミングできちっとやること。試合の当日だけ頑張ったとしても、パフォーマンスは発揮できません。毎日の積み重ねが、長距離走のルーティーンです。

 

ーゲン担ぎのようなこともしませんか?

原:しませんね。どこかにお祈りに行くとかも全くないし、たくさんご飯を食べたり、たくさん寝たりもしません。試合まで同じ環境で整えていくのが、ある意味ルーティーンだね。

 

ー365日、一定の生活を送るということですね。

原:とくに長距離走はそうですね。同じことを繰り返すなかで、濃淡をつくっていきます。追い込む時は追い込んで、休む時に休む。目的を達成するために、時期ごとのやるべきことを理解して活動する。その繰り返しです。

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試合では、自分の力を出し切ることが大切

ー試合の前日と当日で、気持ちの違いはありませんか?

原:意識しているわけではないんだけど、試合当日は自然と集中しますよ。一年前から日にちが決まっている。それに合わせて調整するなんて、そんなの簡単でしょ? 自分のことを好きかどうかも分からない女性に向かっていくのは難しいけど、それとは違うから(笑)。

 

ー早い段階でゴールが決まっているなかで、結果を出さなければいけない難しさもあると思いますがいかがでしょうか?

原:自分の力をきちんと出せれば良いと思っています。それで優勝できれば嬉しいし、優勝できなかったとしても、それが実力だからね。自分の最大限の力を出すために、一年間同じ生活を繰り返す努力をするんです。

 

ーだから平常心を保てるのかもしれないですね。

原:箱根駅伝のような特別な大会であろうと、小さい大会であろうと、おろそかにしてはいけません。大会前は最低でも4時間前には食事を終えておきましょうとか、1時間半前には準備運動を始めましょうっていうのは一緒ですからね。

 

ー4時間前と決まっているんですか?

原:4時間前というのは僕の場合です。人によって消化にかかる時間も違うので、日々の小さい大会から調節して、自分の最適な状態をつくりあげます。箱根駅伝だけ特別に何かをすることはありません。

 

ー区間配置によってスケジュールも全然違いますよね。

原:スタート時間はあらかじめ分かっているので、逆算して状態をつくっていく必要があります。

 

ーということは、1区の人は4時頃に食事をしているということですか。

原:そうです。あえて箱根駅伝で特別にやっていることを挙げるなら、朝3時に起きて、スタート地点の大手町まで歩くこと。「よし、やるぞ」と気合いを入れるとともに、風の向きや天気を確認します。それは毎年のルーティーンですね。

駅伝は屋外競技だから、外的要因が大きいです。気候は自分で決められないことなので、そういった情報をいち早くキャッチしに行くというのは、管理者ならではのルーティーンかもしれません。

あとは、作戦シリーズを考えること。12月10日の記者会見で作戦シリーズを伝えるのは独自のルーティーンかな。理由は、選手に思いを伝えて、残り3週間みんなを一つにして頑張らせるためです。

 

ー作戦の名前はパッと思い浮かぶんですか?

原:頭の中に降ってくる感じですね。2022年の『パワフル大作戦』は、前日まで『パワー大作戦』だったんです。ただ、「これは違う」と思って…新聞に載るときの文字数や声に出したときの響きとか、パワフルのほうがしっくりきたので変えました。

 

ーそこで「いよいよだぞ」とスイッチを入れると。ちなみに、いつくらいから考えているんですか?

原:11月の最後の合宿で考えています。最終合宿の選手の状態を見ると、だいたいその年の結果が分かります。

 

ー以前のインタビューで、ライズTOKYOの宮崎社長から「何区で勝ちを確信しましたか?」と聞かれたときも、「2週間前」とおっしゃっていましたよね(笑)。最終合宿で、選手の調子がすごくあがっていたんですよね。

原:選手の調子を読み取るのが、監督の仕事ですからね。

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強豪・世羅高校で叩きこまれた睡眠への意識

ー睡眠についても伺います。ご自身が現役のころはどれくらい睡眠について意識していましたか?

原:睡眠に対するこだわりは高校時代に身につきました。22時に寝て、5時に起きる。これは社会人になっても変わりません。どれだけ深酒をしても、アラーム無しで5時には目が覚めます。体のメカニズムがそうなっているんじゃないですかね。こだわりというか、駅伝の強豪・世羅高校で叩きこまれました。

 

ー早く寝るように指導されていたんですか?

原:そうです。当時は質の高い寝具が無かったですからね。質を高めるよりも、時間を確保するように言われていました。

 

ーそもそも休養について考えるより、とにかく練習そのものに力を入れていた時代ですよね。

原:僕が学生の頃は「水を飲むな」っていう時代ですからね。

 

ーアスリートが睡眠に意識を向け始めたのも、ここ10年くらいです。

原:睡眠の質を上げるためにマットレスにこだわりなさい、という概念は今もまだ普及していないと感じます。駅伝の会場に設置された仮眠室にブルーシートが敷かれていることも少なくありません。

 

ーしっかり睡眠を取っている選手とそうではない選手で、指導者目線で違いはありますか?

原:「夜更かししているな」という選手は、フォームが崩れているのですぐに分かります。フォームが崩れると、体の片側に負荷がかかって負傷につながります。睡眠が少ないことが故障に直結するというよりは、そういった負のサイクルに入ってしまうことが多いです。睡眠時間を減らすのは、リスクしかありません。

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分厚い壁を突き破った“33年ぶり本戦出場”

ー次に、決戦前夜についても伺います。まずは選手として、最も印象に残っている試合はありますか?

原:いちばんの会心のレースは、中京大学3年生のインカレで5000メートル3位に入ったときかな。自分なりにしっかりトレーニングを積んで、自信をもって臨めた試合でした。ラスト500メートルからスパートかけて、先頭で鐘を鳴らして、ラスト250メートルまで先頭で走ることができたのは印象に残っています。

すごく集中できたんですよね。6月の試合だったのですが、その年は例年以上の猛暑でした。競技場の温度計は日陰でも38度、体感では日差しもあるから40度以上になっていたと思います。でも、僕は全然暑さを感じなかった。逆に涼しさがあったくらいです。

あとは大学最初の1500メートルのレースで優勝できたことですかね。同期が100人くらい応援に来てくれたなか、ラスト100メートルから渾身のスパートで差し切りました。みんなは僕のことを努力家じゃないと思っているけど。意外とやる男だからね(笑)。結果を残すためにやるべきことを、しっかり押さえられていたと思います。練習で不安をなくしてから、試合に臨んでいました。

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ー試合前は緊張されるんですか?

原:準備不足だと緊張しますよ。ただ、緊張とプレッシャーは別物だと考えています。集中するために多少の緊張感は必要。なので、決して悪いことではありません。一方で、自分を良く見せなければ、というプレッシャーを感じてしまうとパフォーマンスは上がらないと思います。

 

ー試合前に緊張する選手もいるかと思いますが、どのような声をかけますか?

原:「輝いてこいよ」とだけ声をかけて送り出しています。「やってきたことを信じればいいじゃないか」と。箱根駅伝はマイクがあるし、ファンの皆さんに喜んでもらいたい気持ちもあるので声を出しますが、普段の試合ではレース中はほとんど叫びません。終わって成績が悪いからといって、説教をすることもありません。輝かせることができなかった俺が悪いんだ、と考えています。

 

ーでは、監督として印象に残っている試合は?

原:33年ぶりの本選出場を決めた85回大会の予選会を突破した瞬間です。大学の名前が呼ばれた瞬間は、よく覚えています。初優勝よりもそっちのほうがうれしいですね。

 

ーその理由は?

原:監督に就任してから4年目まで結果を残すことができず、区切りの5年目、勝負のときを迎えていました。そんな中、実は当日マネージャーが集計していたタイムでは負けていたんです。「また次点、ダメだったか」と思いながら結果発表を聞いていました。

しかし、なんと最後の13番目の枠で名前が呼ばれたんです。飛び上がりました。負けたと思っていたので、喜びは倍増でしたね。

一つの関所を超えた感じでした。33年間、何度も先輩方が挑戦しては打ちのめされ、自分たちも4年目で次点までいったけど跳ね返された分厚い壁を突き抜けた瞬間でした。それがなければ今の青学はありません。

 

ー最後に、99回大会に向けた思いをお願いします。

原:今年は”選手との距離感”を意識しています。学生スポーツでは、試合までの過程で成功や失敗を経験することで、タフさや自分で道をつくっていくマインドが形成されるのではないかと思うんです。

しかし、今の箱根駅伝は大人が綺麗なレールを敷いて、選手はそのうえを走っているだけなのではないか。チームとしても、監督がチームのなかに入りすぎると、学生の思考が停止してしまう。非常に危機感をもっています。

良い選手がいますから、勝つだけなら簡単なんです。果たしてそれでいいのかな、と。どれだけ連覇しようが関係ない。勝つプロセスをどう作っていくかを考えています。“学生らしく勝つ”箱根駅伝にしたいです。

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